2008年 01月 24日

天皇

天皇家の先祖は朝鮮百済人だ、は全くの嘘です。

天皇陛下のお言葉(2002WCを控えて平成13年12月)
「私自身としては、桓武天皇の生母が百済の武寧王の子孫であると、
続日本紀に記されていることに韓国とのゆかりを感じています。」


このご発言が韓国メディアの手にかかれば・・・

明仁天皇が 2001年 言葉 “武寧王”の“孫娘”が 日本 招待 王人 神武(神武) 天皇を 生んだ。
だから私は百済の血を 受けた”と 言及した。


・・・・・・・・・・なんだ、このすさまじい歪曲は・・・・・・・・σ(゜ー゜;)

記事には初代天皇である神武天皇を武寧王の孫娘が生んだなどと書いてある。
馬鹿か?頭がおかしいだろ?
武寧王の10代後の子孫の女が光仁天皇と結婚して生んだのが第50代・桓武(kannmu)天皇だ!
明仁天皇発言を捏造し、「“だから私は百済の血を 受けた”と 言及した。」など嘘を書き、
第50代・桓武(kannmu)天皇を初代天皇の神武(jinmu)天皇と明確に歪曲して報道!
しかも、武寧王の子孫は5代後に日本人として帰化して“和史”と日本名を名乗った日本帰化人だ!
武寧王が子が日本に来てから50代桓武天皇の生母・高野新笠まではで200年も後で在日10世代、
日本人へ帰化してなんと第6代だ。高野新笠は日本人といっても差し支えない。


武寧王(ぶねいおう、462年 - 523年)は百済の第25代の王(在位:502年 - 523年)。
高野新笠(たかののにいがさ、生年不詳 - 延暦8年12月28日(790年1月21日))は桓武天皇の生母。光仁天皇の大夫人。正式には高野朝臣新笠(たかののあそみにいがさ)という。もう、完全に日本の呼び名です。で、高野新笠の父の和乙継に関してですが、百済系渡来人の子孫で、姓(かばね)は和史(やまとのふびと)と推定されているが明らかではない。白壁王の即位後、高野朝臣と改姓した。続日本紀延暦8年12月28日条に
「皇太后姓は和氏、諱は新笠、贈正一位乙継の女(むすめ)なり。母は贈正一位大枝朝臣真妹なり。后の先は百済武寧王の子純?太子より出ず。、、、、皇太后曰く、其れ百済の遠祖都慕王は河伯の女日精に感じて生めるところなり、皇太后は即ち其の後なり。」
とあって、和氏が武寧王から出た百済王族であることを明らかにしている。日本書紀によれば継体天皇7年(西暦513年)百済太子淳陀死去とあり、純?と淳陀が同一人物ではないかと考える学者も存在する。ただし、朝鮮側の資料には武寧王の子として純?、もしくは淳陀に比定できる人物が存在していない。このことをもって高野新笠の由来を懐疑的に見る説もある。
また、武寧王の子・淳陀太子(第1代)の没年と10代後の高野新笠の推定生年(710年 - 720年)には200年以上の開きがあり、和氏が百済系渡来人といっても百済王氏のような今来(いまき)の帰化人ではなく、相当な古来である。和乙継の名前をみても相当日本化した帰化氏族だといえる。
なお、天平宝字元年(757)に「大倭国」が「大和」に改められた際、「大倭宿禰」などの字(あざな)もすべて「大和」に改められており、もとは倭氏と名乗っていた可能性が極めて高い。和乙継の牧野墓は奈良県広陵町にあるバクヤ塚が推定されているが、これは馬身古墳群に属する「古墳」であって築造年代が異なる。
また、「高野」の字(あざな)は、こんにちの奈良市高の原に比定される。神功陵古墳の裏手にあたる新興住宅地であるが、『万葉集』では鹿の音もわびしい山野と詠まれ、当時、孝謙・称徳天皇の陵がおかれたばかりであって、本貫地・居住地としての実体はまったくない。近傍には土師氏の根拠地である菅原伏見、また秋篠があり、菅原寺、秋篠寺などが営まれ、また長岡京が大枝におかれなどしているところからみても、母方の土師氏一族が貴族として重んじられていったことはあきらかで、百姓であった父方とは好対照を示す。高野朝臣と改姓されたのちの和氏一族のその後は、ほとんどわかっていない。

また、こんな意見も有ります。
現在の朝鮮民族は、古代において百済、高句麗を滅ぼして朝鮮半島を統一した新羅の末裔です。
また、当時の新羅と百済、高句麗では互いに「言語」が異なっていました。
同一民族としての重要な要素のひとつである「言語」が異なっているのに
いきなり「百済人=朝鮮民族」という結論を導き出してしまうのはいかがなものでしょうか?

また桓武天皇の母が百済人というのも、日本に帰化して“和史”を名乗っていた位ですから、語弊があります。

高野新笠という女性の系譜がこれ↓
武寧王[461年 日本生まれの第25代百済王(在位501-523年)]
純陀太子  在日1世 (人質として日本に居住)
斯我君    在日2世
法師君    在日3世
雄蘇利紀君 在日4世
和史宇奈羅 在日5世 帰化1世(和氏に改名して日本に帰化)
和史粟勝   在日6世 帰化2世
和史浄足   在日7世 帰化3世
和史武助   在日8世 帰化4世
和史乙継   在日9世 帰化5世(娘を天皇家に嫁がせて高野姓を賜る)
高野朝臣新笠 在日10世 帰化6世が生母として出産したのが桓武天皇(第50代天皇:在位781-806年)]

10代前に渡来し、しかも6代前に日本に帰化した百済系10世ですよ。
2世や3世ならまだしも、日本人として帰化6世まで代を重ねてしまったら
ほとんど日本人ではないですか?
しかも“和史”などという日本式の苗字までご丁寧に名乗っている。
しかも母方ですから。儒教差別社会の朝鮮では母方はランクが下の側ですよね。
「天皇家の祖先は百済人だ」 などというのは全くのデタラメたわ言です!

 「天皇家の祖先の母方に日本人に帰化した在日10世帰化人がいた」 
これが正しい表現です。

by fuji_ssss | 2008-01-24 19:59 | japan


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