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2008年 02月 01日

昭和天皇

昭和天皇のお葬式に出席した外国の要人



大葬の礼・海外からの弔問使節全名簿(拝礼順)
 1:ポードワン国王王妃両陛下             ベルギー
 2:フセイン国王陛下                   ヨルダン
 3:タヌマフィリ二世国家元首陛下           西サモア
 4:ジャン大公大公妃両殿下               ルクセンブルク
 5:ツボウ四世国王王妃両陛下             トンガ
 6:カール十六世グスタフ国王王妃両陛下.      スウェーデン
 7:カルロス国王王妃両陛下               スペイン
 8:ハサナル・ボルキア国王陛下            ブルネイ
 9:モシェシェ二世国王陛下                レソト
10:ワンチュク国王陛下                  ブータン
11:エンジバラ公フィリップ王配殿下           連合王国
12:ヘンリック王配殿下                  デンマーク
13:ミッテラン大統領閣下.                 フランス
14:ワイツゼッカー大統領閣下.              西ドイツ
15:ブッシュ大統領閣下                   アメリカ
16:カウンダ大統領閣下                  ザンビア
17:スハルト大統領同夫人両閣下            インドネシア
18:ジャワラ大統領閣下                   ガンビア
19:モブツ大統領同夫人両閣下.             ザイール
20:ヒラリー大統領閣下.                   アイルランド
21:モイ大統領閣下                      ケニア
22:フィンボガドチル大統領閣下              アイスランド
23:ムバラク大統領閣下.                   エジプト
24:コイビスト大統領同夫人両閣下            フィンランド
25:エルシャド大統領閣下.                 バングラディシュ
26:デロバート大統領閣下            ナウル
27:アキノ大統領閣下              フィリピン
28:ソアレス大統領閣下              ポルトガル
29:エヤデマ大統領閣下              トーゴ
30:ガユーン大統領閣下.             モルジブ
31:ローリングス暫定国家防衛評議会議長閣下    ガーナ
32:ディベラ総督同夫人両閣下.          パプア・ニューギニア
33:ヘルツォク大統領閣下              イスラエル
34:ソーベ総督同夫君両閣下            カナダ
35:ビエイラ国家評議会議長兼大統領同夫人両閣下 ギニア・ビサウ
36:サルネイ大統領同夫人両閣下          ブラジル
37:サルゼタキス大統領同夫人両閣下        ギリシャ
38:コシガ大統領閣下               イタリア
39:ババンギダ大統領閣下             ナイジェリア
40:リーブス提督同夫人両閣下.          ニュージーランド
41:アスコナ大統領同夫人両閣下         ホンジュラス
42:レウベナ総督閣下              ツバル
43:ベンカタラマン大統領同夫人両閣下      インド
44:ブヨヤ大統領閣下              ブルンジ
45:ガニラウ大統領同夫人両閣下         フィジー
46:ソリス大統領代行閣下.            パナマ
47:パシリウ大統領閣下             キプロス
48:シュトラウブ幹部会議長閣下         ハンガリー
49:レビン総督閣下               ソロモン諸島
50:ハグレルガム大統領同夫人両閣下.       ミクロネシア
51:ティマカタ大統領同夫人両閣下.       バヌアツ
52:ヘイドン連邦総督同夫人両閣下        オーストラリア
53:バルコ大統領夫人閣下                コロンビア
54:サリナス大統領夫人閣下               メキシコ
55:ジャヤワルデネ前大統領閣下.            スリランカ

元首級以上。
元首級弔問者派遣国:55ヶ国


皇太子・王族級
 1:ハラルド皇太子殿下                       ノルウェー
 2:ワチラロンコン皇太子殿下                   タイ
 3:シディ・モハメド皇太子殿下                   モロッコ
 4:アズラン・シャー副国王副王妃両殿下.             マレーシア
 5:ハンス・アダム皇太子皇太子妃両殿下(摂政).        リヒテンシュタイン
 6:アルベール皇太子殿下.                     モナコ
 7:スウェイニ・ビン・シハブ殿下(国王代行).          オマーン
 8:ナワフ王弟殿下                          サウジアラビア
 9:ギャネンドラ王弟殿下                      ネパール
10:アハマド殿下(外務担当国務相)               カタール
11:ムハマド・アル・ナハヤン殿下(ザイド大統領殿下三男) アラブ首長国連邦
12:アリ殿下(イザ首長殿下の甥)                 バーレーン

王族級以上。
皇太子・王族級 弔問者派遣国:12ヶ国


副大統領級
 1:マルーフ副大統領閣下                    イラク
 2:ゲアラハ国家評議会副議長閣下              東ドイツ
 3:タンチェフ国家評議会第一副議長閣下          ブルガリア(次席代行が代拝)
 4:ビタット国家人民会議議長同夫人両閣下         アルジェリア
 5:テアンナキ副大統領同夫人両閣下             キリバス
 6:ミール・サリーム副大統領閣下               イラン
 7:マネスク国家評議会副議長閣下              ルーマニア
 8:マルチネス副大統領閣下                   アルゼンチン
 9:ガレト副大統領閣下                      ボリビア
10:グリーン第一副大統領兼首相閣下             ガイアナ
11:バルチコフスキー国家評議会副議長閣下        ポーランド
12:ワリオバ首相兼副大統領閣下               タンザニア
13:モニバ副大統領閣下                     リベリア
14:エル・バンナ主権評議会副議長閣下            スーダン
15:モラレス副大統領同夫人両閣下               ドミニカ共和国
16:ダオ国家評議会副議長閣下                 ベトナム
17:ムゼンダ副大統領同夫人両閣下              ジンバブエ
18:ドランツ連邦幹部会副議長閣下               ユーゴスラビア
19:シアン国民会議議長閣下                   カメルーン
20:ルキヤノフ最高会議幹部会第一副議長同夫人両閣下  ソ連
21:リンチン人民大会議議長閣下                モンゴル

副大統領級以上
派遣国数21ヶ国


首相級
 1:デクエヤル事務総長同夫人閣下         国連
 2:リー・クアンユー首相同夫人両閣下        シンガポール
 3:オザル首相同夫人両閣下             トルコ
 4:ハマドゥ首相閣下                  ジブチ
 5:キセカ首相同夫人両閣下              ウガンダ
 6:ラミニ首相同夫人両閣下              スワジランド
 7:セラシエ首相閣下                  エチオピア
 8:バクーシュ首相同夫人両閣下           チュニジア
 9:ウマル首相閣下                   ニジェール
10:ブット首相同夫君                   パキスタン
11:姜英勲国務総理閣下                韓国
12:グエゾ国家革命評議会常務委員会議長閣下  ベニン
13:バラガン最高裁判所長官同夫人両閣下     エクアドル
14:ベン・アリ元首相閣下                コモロ
15:オディ枢機卿猊下                  バチカン
16:ラナリット同妃両殿下(シアヌーク殿下次男)   民主カンボジア

首相級以上。
派遣国数16ヶ国。


閣僚級
 1:フェルバー連邦参議閣下         スイス
 2:ブーン副首相兼外相同夫人両閣下   ラオス
 3:フェルナンデス閣僚会議副議長閣下  キューバ
 4:ラウィリ第一副首相同夫人両閣下    ガボン
 5:ヤシン副首相閣下             シリア
 6:モック副首相兼外相閣下         オーストリア
 7:フリブナーク第一副首相閣下      チェコスロバキア
 8:ファン・デン・ブルック外相閣下     オランダ
 9:ダルス外相閣下              ガボベルデ
10:ベマナンジェラ外相同夫人両閣下   マダガスカル
11:ヌダンガオバ外相閣下          コンゴ
12:チエベ外相閣下              ボツワナ
13:ファル外相同夫人両閣下         セネガル
14:コロマ外相閣下               シエラレオネ
15:トラオレ外相閣下              ギニア
16:マドリガル外相閣下            コスタリカ
17:アセベド外相閣下             エルサルバドル
18:ダボネ外相閣下              マルタ
19:バリオス・タサーノ外相閣下        ウルグアイ
20:銭其☆外相閣下              中国(☆:『探』の辺が王)
21:グベゼラブリア外相閣下          中央アフリカ
22:パルム外相閣下              ブルキナファソ(駐日大使が代拝)
23:エラスリス外相同夫人両閣下             チリ
24:ヌディアヤヌ外相・協力相閣下            モーリタニア
25:キジナー外相同夫人両閣下             マーシャル諸島
26:バンデュネン外相閣下                 アンゴラ
27:テヘラ・パリス外相同夫人両閣下           ベネズエラ
28:アルガニャ外相同夫人両閣下            パラグアイ
29:アンドリーセン副委員長同夫人両閣下       欧州共同体
30:ホドール国家計画相閣下               セーシェル
31:アリアリ国務相同夫人両閣下             コートジボアール
32:クリックシャンク通信・公共事業相同夫人両閣下  セントビンセント・グレナディーンほか近隣東カリブ地域5ヶ国を代表
33:ウベル蔵相閣下                     ニカラグア
34:ムサンナ通信・交通相閣下              南イエメン
35:ベローゾ協力相閣下                  モザンビーク
36:アル・オサイミ外務担当国務相閣下         クウェート
37:デュロー農業・漁業・天然資源相閣下        モーリシャス
38:アレーナス大統領府報道相閣下           グアテマラ
39:オスマン大統領府相閣下               ソマリア
40:ベイシェン無任所相閣下               マラウィ
41:バー法相閣下                      マリ
42:サン・ピエール情報・調整相同夫人両閣下     ハイチ
43:ウー・ベー・ティン保険・教育相閣下         ビルマ
44:ムゲマナ内務・地方開発相              ルワンダ

閣僚級以上。
派遣国数:49ヶ国。


特派大使級以上
派遣国数11ヶ国

国際機関代表
1:ベイ事務総長閣下               経済協力開発機構(OECD)
2:コナブル総裁同夫人両閣下         国際復興開発銀行(世界銀行)
3:ガムドシュ専務理事閣下           国際通貨基金(IMF)
4:ダンケル事務局長閣下            関税・貿易一般協定(GATT)
5:中島宏事務局長閣下             世界保健機関(WHO)
6:ドレーパー事務局長同夫人両閣下     国連開発計画(UNDP)
7:藤岡真佐夫総裁同夫人両閣下       アジア開発銀行(ADB)
8:シアソン事務局長閣下            国連工業開発機関(UNIDO)

国際機関代表以上。


その他、弔問に訪れた主な外国要人(順不同・敬称略)

シュルター首相(デンマーク)、
モハメド首相(マレーシア)、
オベング暫定国防評議会閣僚委員会議長{首相級}(ガーナ)、
マンリオ・カデロ在京名誉総領事(サンマリノ)、
ウー・ター・トン検事総長(ビルマ)、
ロペス外相(ホンジュラス)、
ハウ外相(連合王国)、
マングラブス外相(フィリピン)
ラオ外相(インド)、
ルブバ法相(タンザニア)、
セイ外相(ガンビア)、
べーカー国務長官(アメリカ)、
メギド副首相兼外相(エジプト)、
クロスビー国際貿易相)カナダ)、
ナランボ蔵相(コスタリカ)、
アンドレオッチ外相(イタリア)、
デュマ外相(フランス)、
アヤング経済社会評議会議長(カメルーン)、
ヌワチュク外相(ナイジェリア)、
オマール外相(マレーシア)、
バイエ外相(エチオピア)、
バレンシア公共相(グアテマラ)、
申東元外務次官(韓国)、
バング駐日大使(ボリビア)、
ペラルク駐日大使(エルサルバドル)、
ラミレス駐日大使(コロンビア)、
マン駐日大使(ベトナム)、
ウエソ駐日大使(ニカラグア)、
ジップゲップ事務総局次長(国際電気通信連合:ITU)、
中村正事務局長補(国際労働機関:ILO)、
ヤケル事務局長特別顧問(国連教育・科学・文化機関:ユネスコ)、
トン・ホー・アジア太平洋地域担当部長(国際気象機関:WMO)、
ブーリ・アジア太平洋地域事務局長(食糧農業機関:FAO)、
キュング東アジア地域主席代表(赤十字国際委員会:ICRC)、
ブラウン副総裁(国際農業開発基金:IFAD)、
アンドレア・ペルー・コロンビア担当理事(米州開発銀行:IDB)

# by fuji_ssss | 2008-02-01 21:17 | japan
2008年 02月 01日

enjoy korea

インターネットが普及するまで朝鮮人は・・
「日本人の若者は歴史を知らない。日本ではあまり近代の歴史を取り上げない。
だから、日本人は韓国にどんな蛮行をしたか知らなすぎる! 実にけしからんことだ!!」

と思っていました。
TVで、日本の報道がされる度に、「靖国!慰安婦!自衛隊!独島!補償問題!」と、激怒していました。

ところが、NAVERや他の掲示板が出来て、日本人に直接問いただせるような時代がやってきました。
韓国人は「よーし。日本の若者に事実を教え、韓国の気持ちを解らせてやろう!
2度と妄言を吐けないように教育しよう!!」と鼻息を荒く、「正義の伝道師」のように息巻いてやってきました。

するとどうでしょう!

何も知らないと思っていた日本人の朝鮮の知識は、実はものすごく豊富で、
自分たちが知らないような事実はもとより、マニアックな朝鮮の歴史まで、
隅々まで知り尽くしているではありませんか!
さらに、よくよく論議していけば、自分達の主張を証明したいけれど、証拠が乏しく、上手に反論できないことが多くありました。

証拠・・・史書・・・・
いくら韓国サイトを探しても探しても見つかりません。
「・・・・・・・・・が事実だ!!」と主張している報道や記事だけです。
 


逆に、日本人は必ず証拠をつけてくるので、反論すら出来ず、認めざるをえせん。
正論を披露する「正義の伝道師」のはずの自分たちが、逆に論破され反論できない事実・・・・・・。 
朝鮮人達の驚きといえば、想像を絶するがごときです。
「日本人の主張の方が説得力があるのでは?」と疑う離反者が増え理解力のある人は
NAVERを去り、韓国から移民する。

そうならないために、まだ判断力のない中学生や小学生に対して必死で洗脳教育を続けるしかない韓国。
決壊したダムのごとき状況・・・・それが今の韓国です。

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# by fuji_ssss | 2008-02-01 17:54 | enjoy korea
2008年 02月 01日

2002WC

2002年日韓W杯!各国スター選手の名言集

ヨハン・クライフ
「W杯の恥さらし国家。韓国は史上最低の開催国として歴史に名を刻むことだろう。」

プラティニ
「不愉快だ。W杯は世界最高の大会のはずだ。世界最高の大会は公正な場で行うのが義務だ。
まして観客の声援を強く受ける開催国はこれに細心の注意を払わなくてはならない。
それを怠った韓国には深く失望し憤りすら感じる。」

ネッツァー
「米国、ポルトガル、イタリア、スペイン戦で韓国が行ったことはこれまでFIFAが築いてきたフットボール文化を否定し、
腐敗を招く行為でしかない。私は多少混乱が生じたとしても韓国から勝利を剥奪しても良かった様に思う。
そうすればこのような過ちは繰り返されなくなるのだから。」

リネカー
「一つ確かなのは今回の韓国の勝利に名誉が伴っていないことだ。
後年日韓W杯を振り返ったときにトルコやセネガルに米国、スウェーデン、ベルギー、日本の健闘が賞賛されることはあっても韓国が賞賛されることは決してないだろう。」

ストイコビッチ
「(スペイン戦後)韓国が調子に乗るのもここまでだ。」

カペッロ
「私は世界中のサッカーファンが記録の上では韓国の勝利となったが
記憶の上ではイタリアの勝利だと受け止められることを確信している。」

スコールズ
「彼ら(フランス)は前回のW杯で好成績を挙げることが出来なかったが、
それはW杯を開催してはいけない『馬鹿な国』での一時的不振に過ぎない」

オーウェン
「(大会終了後)卑劣な手段によって準決勝まで進出した国がW杯の権威まで汚してしまったことを残念に思う。」

ラウール
「何度でも言おう。この試合(韓国スペイン戦)は我々の勝利だと。」

イヴァン・エルゲラ
「この先二度とサッカーが出来なくなってもいい!だからあいつらを殴らせろ!」

リザラズ
「韓国での最初の1週間は、バスや飛行機での移動がとても疲れた。
特にソウルはものすごく空気の汚れた街だったから。
練習の間、ちょっと動いただけで皮膚がかゆくなった程だよ。とても不愉快な気分だった」

エムボマ
「カメルーンのドローには満足しています。私は韓国でplayしたくなかったですから。
グループの他のチームも強いですが、突破できると思います」
(注)彼の息子の名前は[kenji] もろ日本名。

ペケルマン ディレクター
「希望していた日本でplayできるからokだ」

ミリノヴィッチ
「日本で試合をしたかった。Sloveniaを知ってもらえるchanceだったが…」

アレクサーダー・ツクマノフ (フットボール協会ディレクター)
「私たちは幸運だと思います。 抽選会の前、サポーターのために 日本で試合を行いたいと話していました。 」

カルビン
「組み合わせは幸運な組に当たったし、とにかく日本で試合ができるのがうれしい。
どの国も韓国より日本で試合ができることを望んでいたようだ。
われわれは決勝までずっと日本で試合できるが、例えばスペインは決勝まで残らないと日本で試合ができないからね」

リヴァウド
韓国で1次リーグを戦うブラジル代表のMFリバウドが韓国に振り分けられたことに不満を口にした。
「日本では韓国と違ってDFロベルト・カルロス(レアル・マドリード)らの
 ブラジル代表選手はとても人気がある。韓国でプレーすることは残念だ」

ミルコ・ヨジッチ (監督)
「抽選には満足しています。試合会場が決まり、実感が湧いてきました」

アレッサンドロ ・デルピエロ
「もうこんな国(韓国)に来る事はないね」

マルディーニ
「サッカーを侮辱した韓国は天罰が下るだろう。」

FCバルセロナ副会長
「韓国の国民はスポーツを観戦する態度がなってない。
私の目が黒いうちはバルサが韓国へ来ることは二度とないだろう」
※現実にバルサはその次の年から韓国に来なくなった

アデバヨール
「韓国はW杯に4大会連続で進出している立派なチームだが、われわれに勝つほど強いとは思わない。
4年前に韓国が4強入りしたのは審判の助けとホームの利があったからだ。
W杯本大会G組のフランスを除く3チームはほぼ同じレベル」

フランチェスコ トッティ
「韓国は大嫌いだ。」

デビッド・ ベッカム
「韓国料理はマズい 」

ジョセフ ブラッター fifa会長
「韓国でワールドカップを開催することは間違いだった。日本の単独開催にすべきだった。
世界中のサッカーファンに申し訳ない。」


世界に嫌われる韓国サッカー

# by fuji_ssss | 2008-02-01 16:27 | enjoy korea
2008年 02月 01日

反米

朝鮮戦争

それは大日本帝国が連合国に降伏したのが始まりだった・・・
日。゚(゚´Д`゚)゜。<もう勘弁してください。
米( ゚⊇゚)<大日本帝国を解体し、朝鮮は独立させ、台湾は中華民国に返還、沖縄とパラオ諸島は米国で管理する
露( ´・⊇・`)<朝鮮は独立の前段取りとして、38度線を境に北をソ連、南を米国で分割統治を行う。
<ヽ`∀´> <醜い敗戦国チョオクパリ、死になさいー
( ゚⊇゚) ( ´・⊇・`) <勘違いするなよお前ら、お前たちは第三国だぞ。

大日本帝国がサンフランシスコ条約によって解体され、
朝鮮半島が米国とソ連により分割統治されるようになった。
果たして朝鮮半島の行く末は。。。

韓国内の米軍は全て撤収する!ダグラス・マッカーサー(Douglas MacArthur, 1880年1月26日 - 1964年4月5日)

さらに・・・・   
アメリカ合衆国の防衛ラインはアリューシャン列島~日本~沖縄~フィリピンであるそれ以外の国は責任をもてない!
アチソン,ディーン・G
1950(昭和25)年1月 ナショナル・プレス・クラブの演説でアチソン・ライン(アリューシャン列島、日本、沖縄、フィリピンを結ぶ対ソ「不後退防衛線」)を規定

南<♯`Д´><AIGO~
北<ヽ`∀´> <ホルホルホル今のうちに軍備を増強するnida。
( ´・⊇・`)つ【T-35戦車】<朝鮮半島統一のためだ大事に使えよ。
北<ヽ`Д´><キルキルキル今だ! 祖国統一nida!

朝鮮戦争勃発!

1950年 6月25日北朝鮮軍38度線突破

米(♯゚⊇゚)<この赤野郎が! 調子に乗りやがって! しょうがない助けに行くぞ!

国連軍参戦

1950年ソウル陥落
ソウルに侵攻する北朝鮮機甲部隊
露( ´・⊇・`)<俺しらない~♪
米( ゚⊇゚)<くそ!漢江を渡りソウルを奪回するぞ!!
南<lll`Д´><追手が進軍できないよう漢江大橋を爆破するnida!

ドカーーーーーーン破壊された漢江大橋

(lll゚⊇゚)<150万人の市民を見殺しにしやがった・・緊急事態とはいえ、なんてやつらだ・・・・・

取り残されたかわいそうなキムチ子達。
北<ヽ`Д´><金日成同士のためお前らは死ぬ気で働くnida! 
  
( ゚⊇゚)つ【クロマイト計画 仁川上陸作戦】
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1950年9月15日 仁川上陸作戦

作戦成功!

( ゚⊇゚)つ【スレッジハンマー作戦】
スレッジ・ハンマー作戦: 第10軍団が仁川平壌からソウルにかけてスレッジ(鉄床)を構成し、第8軍がハンマーとなって、ソウルと洛東江のあいだで北朝鮮軍を叩き潰すという目標から名づけられた。

1950年9月23日 北朝鮮軍後退開始
1950年9月28日 ソウル奪還
同日38度線到達

米( ゚⊇゚)<何とか38度線まで戦線を戻すことが出来た。
南<ヽ`∀´> <これもURIの実力nida! ホルホルホル
米( ゚⊇゚)<・・・・・・こいつ  
米( ゚⊇゚)<北朝鮮が力を蓄える前に殲滅したいところだがソ連と中国を刺激する可能性
       がある。ここで攻撃は止めておくべきだろう。


北朝鮮軍を38度線の外へ追い出した国連軍。
アメリカはこれより進むか踏みとどまるか行動を模索していた。
ちょうどその頃韓国は・・・・

南<ヽ`Д´><AIGO~ウリナラが北朝鮮から攻撃を受けているnida!←嘘
米( ゚⊇゚)<くそ! やつらもう体勢を立て直したか! 仕方がない北進を許可する。

1950年9月30日 韓国軍 38度線を突破
1950年10月20日 国連軍の平壤占領
1950年11月08日 中国,朝鮮戦争への「義勇軍」参加を公式に宣言

1950年11月8日 史上初ジェット戦闘機同士の空中戦が始まる
1950年11月26日 中国軍 第2次攻撃開始
1950年11月30日 米国大統領トルーマ朝鮮戦争にて原爆使用発言
1950年12月2日 国連軍平壌から撤退を開始
1950年12月30日中朝連合軍38度線を突破。
1950年1月15日 再びソウル陥落

1951年2月1日 国連総会,朝鮮戦争に関し,「中国政府を侵略者と非難する」米提案の決議案を採択。

露( ´・⊇・`)中( `八´)<米国の暴挙を非難する!
米(♯゚⊇゚)⊃【サンダーボルト作戦】(北方への威力偵察)
米(♯゚⊇゚)⊃【ラウンドアップ作戦】
米(♯゚⊇゚)⊃【キラー作戦】


国連軍が総力を挙げて韓国のために戦っているまさにそのとき。
韓国軍最高幹部はソウル脱出にあたり,「国民防衛軍」として召集された第二国民兵の訓練給与費を数十億円着服。
食料のない兵士が次々に凍死・餓死したといわれる
米(♯゚⊇゚)<足を引っ張るなよ! このキムチ野郎!
米(♯゚⊇゚)⊃【リッパー作戦】
1951年15日 米韓軍のソウル再奪還
ソウルを再奪還した国連軍。米国国防省は中国を相手に徹底抗戦をかけるべく準備は続いていた。
だがほかの国連加盟国は厭戦感情が高まっていった
1951年3月24日 マッカーサー中国本土攻撃声明
中国まで攻め入り鴨緑江北岸に数十発の原爆を落とす!

露(♯`・⊇・´)<中国本土を攻撃したら我々も参戦するよ!
英( ゚_∪゚)<ロシアが参戦したら大変なことになる!
英( ゚_∪゚)<英国は米国の北進と原子爆弾の使用を断固反対する!これは国連加盟国の意思でもある!
米( ゚⊇゚)<ソ連をこの戦争に介入させるとWW3にまで発展させることとなる。
米( ゚⊇゚)<こうなったらやむ終えまい。


1951年4月11日 マッカーサー解任
1952年1月18日李承晩政権,「海洋主権宣言」を発布
日本漁船の立ち入りを禁止するいわゆる「李ライン」が設定される
国際法上の慣例を無視した措置として日米側は強く抗議したが、このラインの廃止は1965年(昭和40年)の日韓漁業協定の成立まで待たなくてはならなかった。協定が成立するまでの13年間に、韓国による日本人抑留者は3,929人、拿捕された船舶数は328隻、死傷者は44人を数えた。

1953年3月5日 ソ連 元首スターリン死亡
1953年7月28日 協定に基づく休戦委員会の第一回会議が板門店で開かれる。


戦いは・・・・・
終わった・・・・
米国が参戦しなければどうなっていただろうか・・・・


間違いなく北朝鮮によって統一され

飢えに苦しみながら『将軍様マンセー』

と叫んでいたに違いない。。。。。


アメリカによって助けられた韓国・・・
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この韓国に反米感情が渦巻いている
あまつさえ米軍は統一に邪魔だと言い張るキムチ子達。。

統一さえ出来れば飢えて死んでもいいということなんだろうか?


理解不能である。。。


いまだに統一が出来ず休戦状態の朝鮮両国・・・


そして戦争の犠牲者を無駄死にさせるように赤化が進み反米が盛り上がる韓国・・


この国は今病んでいる。。。。

# by fuji_ssss | 2008-02-01 14:07 | enjoy korea
2008年 02月 01日

日帝時代の学校

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植民地に学校を建てる欧米諸国なんて無かった.
日本国民の税金が投入されて35年で5000校
日本は木造で貧しく勉強してたのに・・・




朝鮮総督府政策一覧
項目・・・ 併合時(1910) → 終戦時(1945) 
教育の普及・・・土民状態→ 小学校5213校、生徒数238万人、就学率61%
耕地面積・・・246万町歩→449万町歩
水田面積・・・ 84万町歩→ 162万町歩(1928)
石高(米の生産量)・・・ 約1千万石→ 2千万石(1930)
日本への米輸出・・・ 11万石→ 760万石(1928)
鉄道 ・・・日韓暫定合同条款に基づいた日本の鉄道敷設権取得(1894)を機に増え始めた 3827km
人口・・・ 1313万人→ 2512万人(1944)
植林・・・ 禿山→ 30年間で5億9千万本


李朝時代には就学率どころか文盲率が90%
これが朝鮮人のいう史上最悪の植民地支配の正体である。
彼らは一体どこの世界・どこの歴史の植民地政策と比べて「史上最悪」という結論を導き出したのであろう?

同時期のフィリピン(アメリカ領)の就学率が35%だから比較すれば一目瞭然だろう。
それに日本は朝鮮にも台湾にもナンバースクール(帝国大学:今の国立一期校)*2を作っている。
イギリスがインドにケンブリッジの姉妹校を作るようなものである。

植林、河川・砂防工事、ダム建設を通して水利事業を行った土地は反当たり収量は0.49石から1.49石へと3倍に増え、これだけでも202万石の増収。

さて、お金の話です。日本は朝鮮に対してどれくらい金を突っ込んで、どれくらい儲けたのか。結論から言えば、大赤字でした。

黄文雄「歪められた朝鮮総督府」光文社
宇垣総督時代の総督府予算は昭和5年で、約2億円の規模であった。
それに対し、朝鮮内部の税収は5千万円程度。
日本の政府予算(すなわち日本国民の税金)から、毎年千数百万円から2千万円の規模の補填がなされた。
この予算獲得のため、総督府の関係者が帝国議会や大蔵省の説得に奔走したというから、官僚の世界は今も昔 も変わりない。それでも足りない分は、日本の金融市場から集めた公債によってまかなわれた。p142

ちなみに大英帝国支配下のインドでは、その予算の1/3を国防費の名目で、イギリスに納めていた。
それにも関わらず、第2次大戦で徴集した264万人のインド兵の費用は、
イギリス人将校の給料も含めて、インド自身に負担させていたという。p179

朝鮮は補填なしの年が1回あって…それ以外はずっと本土におんぶ抱っこ状態。
当然この補填は内地の日本人の血税。つまり、搾取されていたのは日本人の血税。
これが。世界の植民地を見渡しても、宗主国がここまで植民地につぎ込む例はない。
一体何を解釈したら史上最悪な植民地支配という…以下略。
単純に2千万が10年で2億-日清戦争の戦費。
36年あったら朝鮮への補填だけで日清戦争が3回やれる。

# by fuji_ssss | 2008-02-01 11:56 | korea
2008年 02月 01日

文明

Harvard大学・政治学教授のSamuel P. Huntington

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主著”The Clash of Civilizations”(文明の衝突)で世界の文明を、以下↓のように分類しました。

★主要な「文明」
African Civilization…アフリカ文明(存在する場合※)
Hindu Civilization…ヒンドゥ文明
Islamic Civilization…イスラム文明
Japanese Civilization…日本文明
Latin-American Civilization…ラテンアメリカ文明
Orthodox Civilization…スラブ文明(東方正教会)
Sinic Civilization…中国文明
Western Civilization…西欧文明
※「アフリカ文明は存在しない」という議論がある

☆主要ではない「領域」
Buddhist Areas…仏教領域
Caribbean Areas…カリブ領域(旧・英国植民地)
Lone Areas…孤立した領域

日本を独自の日本文明として扱い韓国は中華文明の一部となっています。


なお、この意見はハンチントンの個人的見解では無くトインビーなど他の世界を代表する知性らも
日本文明の存在を認め、朝鮮半島を中華文明と定義しています。
独自の文化があり7世紀以降中国の冊封を受けなかった日本が独自と評価されています。


世界の教科書
有名教科書と地図「韓国は中国領土」

英国オックスフォード大の出版社が制作している教科書をはじめ、世界の教育機関、博物館、テレビ局、新聞社、ポータルサイト、百科事典など総34個の世界有名機関の世界地図53個が、韓国の領土全体または一部を中国領土に表記していることが分かった。
http://japanese.joins.com/article/article.php?aid=65416

スペイン紙「韓国4228年間、中国の属国」
 スペインの有力紙「エル・ムンド」のウェブ版(www.elmundo.es)が「韓国は4228年間にわたって中国の植民地だった」と紹介した。「エル・ムンド」は「韓半島は長い歴史のなかで数多くの侵略を受けてきた。中国に1895年まで属していた(略)
http://japanese.joins.com/article/article.php?aid=56213

◎ ドイツの教科書
「日本が大陸に最初の足がかりを築いたのは4世紀の事だった。その後300年、日本は朝鮮半島を支配する地位にあったが、唐との戦争に敗れ、17世紀になるまで待たなくてはならなかった」

◎ フィリピンの教科書
「朝鮮は、その歴史の大部分中国の属国であり、その支配は19世紀に日本に引き継がれた。日本は自由な新しい秩序を樹立する事によって、朝鮮に平和と安全をもたらそうとした」

◎ インドネシアの教科書
朝鮮を中国の属国として記した。
「朝鮮の文化と芸術は中国・モンゴル・日本文化の影響を受けた」
「朝鮮は言論・宗教の自由が制約を受ける国」
「北部はロシアが、南部はアメリカが占領している」

◎ タイの教科書
「朝鮮は中国の支配下に入り、これが19世紀まで続いた」

◎ アメリカの教科書
「朝鮮は中国の従属国」

◎ カナダの教科書
「朝鮮は、数百年間中国の属国」
「日本は<中略>朝鮮に鉄道・道路・港を建設し、産業を発達させて教育の機会を拡大させようと努力した」

◎ インドの教科書
「朝鮮は永らく中国の属国だった」

# by fuji_ssss | 2008-02-01 01:16
2008年 01月 31日

現代

この話は2年程前の話になります。
当社は米国にて自動車関係の仕事をしております。
そこへ韓国最大の自動車メーカーのキムさんがいらっしゃいました。

< `∀´>「ウリ達は今度アラバマに工場を作る事にしたnida!
      お前達は実績があるみたいだから見積りを依頼するnida!」

( ´∀`)「そうですか、それでは承ります。しかし、なんでアラバマなんですか?」
< `∀´>「ホン○やベン○の工場があるからnida!ウリ達もここに工場立てて一流の仲間入りnida!」
( ´∀`)「そうですか、流石はヒュン○イさんですね。」
< `∀´>「ウェーハハハ、そうnida!ウリ達が全米シェアを握る日も近いnida!」

その日は上司の侮蔑を込めたお世辞でキムは機嫌よく帰っていきました。

( ´∀`)「ホン○さんやベン○の場合は本国で作るより米国で作った方がコスト的に有利だから
      こちらに工場を建ているんだが、チョーンの場合は本国で作っているから安くできるんだろ?
      米国に工場を持つメリットなんかあるのかねぇ? かえって高くつくと思うのだが…」
( ・∀・)「奴等馬鹿だから、見栄だけで建てたいんじゃないですか?他社と同格になりたいだけで
      工場建てるんですよ。」(笑)
( ´∀`)「凄い勘違いだな…昔もカナダに工場作ってリコールの嵐で撤退したのを憶えてないのか。       
      ポニーだったかな?一瞬売れて、返品の山を築いた車…」
( ・∀・)「あぁ~ありましたね。馬鹿は死んでも治らないのでしょうか。
      それにしても何度失敗しても金もってますね。」
( ´∀`)「国ぐるみで弱者から搾取している会社だからね。
      あの国が発展しない理由の一つじゃないか?」

そして一週間後、キムが見積もりを取りに来ました。

( ´∀`)「キムさん、これが見積もりになります。」
< `∀´>「ふむふむ、解ったnida!少しシステムについて説明汁」
上司はホワイトボードに工事の工法や使用する予定のシステムを説明し始めた。

< `∀´>「いいですねぇ~!それ!すぐ図面下さい!その図面下さい!」
( ´∀`)「これは差し上げられません、これはあくまでも説明に使用した他社さん向けの図面ですので」
< `∀´>「解ってます。しかしお願いします。ウリ達はそれがないと困ってしまうnida!」

何故かひたすら頭をさげ、自分の都合しか言わないキム…

(; ´∀`)「いや、これは駄目なんですよぉ~他のお客さんのものですからね」(困った表情で…)
< `∀´>「解ってます解ってます。そこをなんとか!」
(; ´∀`)「駄目です。」

するとキムの表情は一転して凶悪な面になり…

< # `Д´>「こんなに頭を下げているのに駄目nika?あんた私を客だと思ってないnika?」
(; ´∀`)「いや、そういう問題ではなく、これは我社の信用問題なのですよ。
    もしトヨ○さんが来社してヒュンダ○さんの図面をくれと我社に言われたらどうします?渡して良いですか?」
<# `Д´>「いや、それは駄目nida!絶対に許さないnida!ウリ達の技術は渡さないnida!」
(; ´∀`)「そうでしょう?だから駄目と申し上げているんです。」
<; `∀´>「いや、そこをなんとかお願いしているnida。」
(; ´∀`)「…・」
<; `∀´>「御社は韓国とも取引が一杯あると聞いているnida!ウリ達の関係は非常に強いnida!
    だからくれnida! 韓国で仕事がやりづらくなってもいいnika?」(ニヤリ)
(; ´∀`)「あのぉ~それとこれとはまったく話が違うでしょう?私が申しあげているのは
    企業間の仁義の問題です。それが御解りにならないのでしたらお引取りください。
    ちなみに私は北米担当マネージャーであり韓国とは関係ありません。」
<# `Д´>「ぬ~…客をなんだと思っているnida…そっ、それなら、ホン○の工場を見学させるnida!
    彼方達なら自由に入れるnida!ウリをつれて行くnida!!」


上司はあまりの台詞に流石にあきれ果てていた。

(; ´∀`)「それは出来ません。同業の方をお客様の工場につれて行くなど言語道断です。」
<# `Д´>「そこをなんとか、折衝するnida!ウリが見学できるように取り計らうnida!」
(; ´∀`)「出来ません。そんなに見学をご所望ならば、直接ホン○さんにお問い合わせください。」
<# `Д´>「それは無理nida!以前断られたnida!そこで御社に頼んでいるnida」
(#´∀`)「はぁ~?弊社はお客様がお断りされている事を遂行する事はできません。お引取りください。」

キムは蒸気してふぁびょーん!

<# `Д´>「日本人はいつもウリ達をあgjkgじゃいfんk客に対してぁあkfjkじ」
(#´∀`)「弊社はいまだ、御社から注文を受けておりません。お客様では御座いません。」
<# `Д´>「気分を害したnida!もうイルボンの処なんか来ないnida~シッパル」

キムは入口の芝生に唾を吐き捨てて帰っていきました。

(# ´∀`)「二度と来るなぁ~ボケ!」

流石に嫌韓通の上司もリアルな斜め上思考を体感して激怒しておりました。
あれでもチョーンの中ではエリートなんだろうなぁ~っと感じたそうです。
その後、ヒュンダ○は数多の会社に見積りを断られ、「もーウリ達は韓国企業しか使わないnida!」
と明言したのですが、チョーンの力だけでは工場建設は不可能と解るやいなや、「やっぱり日本企業も米国企業も参加してもいいnidaよ!」って言ったのですが、殆どの米日系企業にそっぽを向かれてしまいました。
結果、現実の通りにヨーロッパの会社にお願いしたそうなのですが、そこは流石にウリの我侭が通じない、
ヨーロッパの会社である。KTX以上にトラブった事は言うまでもない。(爆笑 )

後日談になるのだが、上司がホン○の工場長に今までの経緯を話したところ…
なんと奴等、出入りの清掃会社に賄賂を渡して清掃員を装って潜入!!!
デジカメでパチパチしていた処を警備員に拘束されたとかされないとか…
当然、工場長は激怒!出入りの清掃会社も出入り禁止。
ヒュ○代に抗議の電話をしたが、ウリ達とは一切関係ない人間だ!と
トカゲの尻尾切りを行い、ウリ達を疑っているのか?っと逆切れする厚顔無恥さを発揮したそうです。

# by fuji_ssss | 2008-01-31 12:42 | enjoy korea
2008年 01月 31日

竹島問題

1948年
■李承晩が韓国初代大統領に就任。

1951年
■韓国がアメリカ政府に対して「サンフランシスコ平和条約に対する要望書」を提出し、
竹島、波浪島、対馬を日本の放棄する領土に含めるよう要望する。
■アメリカ政府に「波浪島は何処にある島か」と質問され、韓国政府は「鬱陵島の近くにある日本海の小島」と返答する。
■韓国政府の懸命の捜索にもかかわらず波浪島は発見されず、架空の島であることが判明する。
アメリカが「ラスク書簡」で「過去に独島について韓国から領土権の主張はなされていない」と返答する。

1952年
韓国が一方的に李承晩ライン(韓国名:平和線)を宣言する。
国際法上の慣例を無視した行為に日米中が抗議を行う。
韓国による漁船の拿捕・銃撃が相次ぐ。

1954年
アメリカが「ヴァン・フリート特命報告書」を作成し、以下の点を確認する。
①李承晩ラインは違法
②サンフランシスコ条約では竹島は日本の領土
③領土問題は国際司法裁判所で解決するのが望ましい

日本が韓国に対して国際司法裁判所に付託することを提案する。

1965年
■竹島(独島)密約が結ばれ
①日韓両国が竹島(独島)の領有権を主張することを認める
②お互いに異議を唱えない
③韓国は竹島(独島)に新たな施設を建築しない
などが確認される。
■日韓基本条約締結。
二国間で解決不能な問題は国際司法裁判所で解決することが確認される。

1973年
■韓国で国定教科書制度が採用される。

1995年
韓国が独島密約を無視し、竹島(独島)に湾岸施設を建設する。

2008年
■日本政府が新学習指導要領の解説書に竹島について記載することを決定する。

# by fuji_ssss | 2008-01-31 10:48 | korea
2008年 01月 29日

ポーランド

http://shupla.w-jp.net/datas/flash/porland.html
シベリアは長い間、ポーランド独立主義者の流刑の地だった。
1919年、ポーランドはようやく独立を勝ち取ったが、極東に住む十数万人のポーランド人
特に親を失った子供たちは悲惨であった。

せめてこの子供たちだけでも生かして祖国に送り届けたい

その年の9月に「ポーランド救済委員会」が組織されるものの
翌20年春にはポーランドとソビエト・ロシアとの間に戦争が始まり、(1920~1921 ポーランド・ソビエト戦争)
孤児たちをシベリア鉄道で送り返すことは不可能となった。

救済委員会は欧米諸国に救助を求めたが、ことごとく拒否され、
窮余の一策として日本政府に救助を要請することにし外務省を訪れて援助を懇願した。

外務省は日本赤十字社に働きかけ、わずか17日後にはシベリア孤児救済が決定された
独立間もないポーランドとは、まだ外交官の交換もしていない驚くべき即断であった。


シベリア出兵中 (1918~22) の帝国陸軍の支援も得て、決定のわずか2週間後には、56名の孤児第一陣が東京に到着した。
それから、翌21年まで5回にわたり、孤児375名が来日。
さらに22年夏には第二次救済事業として、3回にわけて、390名の孤児が来日した。


日本に到着し、日赤の手厚い保護を受けた孤児たちは、その時の思い出をこう語った

日本に着いてすぐ衣服を熱湯消毒されたこと
支給された浴衣の袖に飴や菓子類をたっぷり入れて貰って感動したこと
特別に痩せていた女の子は、日本人の医者が心配して特別に栄養剤をくれたが、
大変おいしかったので一晩で仲間に全部食べられてしまって悔しかったこと、、

日本出発前には各自に洋服が新調され、さらに航海中の寒さも考慮されて毛糸のチョッキが支給された。
この時も多くの人々が、衣類やおもちゃの贈り物をした。

横浜港から、祖国へ向けて出発する際、幼い孤児たちは、
親身になって世話をした日本人の保母さんとの別れを悲しみ、乗船することを泣いて嫌がった。
埠頭の孤児たちは、「アリガトウ」を繰り返し、「君が代」を斉唱して、幼い感謝の気持ちを表した。

神戸港からの出発も同様で、孤児一人ひとりにバナナと記念の菓子が配られ、
大勢の見送りの人たちは子供たちの幸せを祈りながら、涙ながらに船が見えなくなるまで手を振っていた。

765名の孤児をシベリアから救出した日本の恩をポーランド人は今も忘れない

ヘンリク・サドスキさん
平成11年8月に、ポーランドから「ジェチ・プオツク少年少女舞踊合唱団」が来日した際に託したメッセージ

20世紀の始め、孤児が日本政府によって救われました。
シベリアにいたポーランドの子供は、さまざまな劣悪な条件にありました。

その恐ろしいところから日本に連れて行き、その後、祖国に送り届けてくれました。
親切にしてくれたことを忘れません。
・・・・(合唱団は)
私たちの感謝に満ちた思いを運んでくれるでしょう。
日本のみなさん、ありがとう。

極東委員会副会長(当時) ヤクブケヴィッチ氏

日本人はわがポーランドとは全く縁故の遠い異人種である。
日本はわがポーランドとは全く異なる地球の反対側に存在する国である。
しかも、わが不運なるポーランドの孤児にかくも深く同情を寄せ、
心より憐憫の情を表してくれた以上、われわれポーランド人は肝に銘じてその恩を忘れることはない。 ・・・

われわれの孤児たちをしばしば見舞いに来てくれた裕福な日本人の子供が、孤児たちの服装の惨めなのを見て、
自分の着ていた最もきれいな衣服を脱いで与えようとしたり、
髪に結ったリボン、櫛、飾り帯、さては指輪までもとってポーランドの子供たちに与えようとした。
こんなことは一度や二度ではない。しばしばあった。・・・

ポーランド国民もまた高尚な国民であるが故に、われわれは何時までも恩を忘れない国民であることを日本人に告げたい。
日本人がポーランドの孤児のために尽くしてくれたことは、ポーランドはもとより米国でも広く知られている。・・・

ここに、ポーランド国民は日本に対し、最も深い尊敬、最も深い感銘、最も深い感恩、最も温かき友情、愛情を持っていることを伝えしたい。

95年10月、兵藤長雄ポーランド大使が8名の孤児を公邸に招待した際の、ある老婦人のコメント

私は生きている間にもう一度日本に行くことが生涯の夢でした。
そして日本の方々に直接お礼を言いたかった。もうそれは叶えられません。
しかし、大使から公邸にお招きいただいたと聞いたとき、這ってでも、伺いたいと思いました。
何故って、ここは小さな日本の領土だって聞きましたもの。
今日、日本の方に私の長年の感謝の気持ちをお伝えできれば、もう思い残すことはありません。


大和心とポーランド魂

"Porland" (New Version) by Zabadak
album "decade"

『善意の架け橋 ポーランド魂とやまと心』兵藤長雄 文芸春秋

Japan On the Globe 国際派日本人養成講座
142 『大和心とポーランド魂』
http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogbd_h12/jog142.html


Flash製作 ドンパ・カンパ・ミトゥ

ポーランド人は親日派

 初めてポーランドを訪れた際、カウンターパートからポーランドの人たちは東郷元帥、乃木大将の名前を知ってますよ、
日本は立派な国ですから日本人と共に仕事が出来るのは大変幸せですと聞かされ仰天した。
ポーランド人がこのように親日感を持っている理由は、
(1) 日露戦争で小さい日本が大きいロシア(ポーランド人が嫌いな国)をダウンさせた。
(2) 日本政府は第一次大戦後にシベリアに流刑されていたたポーランド人の孤児救済要請をポーランド救済委員会から受けた。
日本赤十字は短期間に765名の孤児をウラジオストックから日本へ、また言葉・習慣が違うため孤児付添人65名を本国から招き、孤児たちに付き添わせ病気治療、休養をさせた後、孤児の祖国復帰を実現した。(救済委員会は欧米諸国に同様な救済要請を出したが拒否された)
(3) その後、シベリア孤児はポーランドで成長し、組織「極東青年会」をつくった。
ナチスがポーランドに侵攻した時この青年会はレジスタンス活動に参加、日本大使館は「極東青年会」の活動を三国同盟を楯に幾度となくナチスから擁護した。
(4) 第二次大戦初期にリトアニア領事杉原千畝は本省の不同意を無視し数千人のユダヤ系ポーランド人に通行ビザを発行、ナチスの追及から開放して多くの
人命を救った。  
ポーランドは長い間、近隣諸国から侵略を受けつづけてきた国で、上記のような出来事は友好的な日本の印象をポーランドに与え、その結果として親日派の人たちが多くなったと思われる。


ポーランドwikiの「日本」・・・http://pl.wikipedia.org/wiki/Japonia
印刷プレビュー枚数にして日本41P!

# by fuji_ssss | 2008-01-29 00:37 | japan
2008年 01月 28日

ブーメラン

豪州人:鯨を殺させない。
豪州人:日本船を南氷洋に来させるな。
豪州人:日本人は、残酷。
日本人:お前達は、科学的調査もしないの?
豪州人;黙れ、日本人。
日本人:・・・・
豪州人:本当は、悪いことって思ってるんでしょ?
豪州人:肉なら他にもあるだろ。
日本人:(韓国で鯨密漁のニュースをUP)
豪州人:他人の記事を持ってきてもあなた達の行為は、正当化されない。
日本人:IOCって、こう言う事をさせない様に管理するところじゃ無いのか?
豪州人:それはそうだ。韓国も悪いが、だからと言って日本の行いは正当化されない。
日本人:密漁と調査捕鯨と一緒に考えてるの?どういう教育受けてるの?
豪州人:残酷な事をするな!と言っている。
豪州人(中国?韓国?):日本人は、残虐です。殺して皮を剥ぎます
豪州人:私達の近海で鯨を捕らないで、っていってるの?おわかり?
日本人:君達が何を言おうが、海洋資源をきちんと調査し、統計をとって今後も利用する。
     IOCは、正確な調査統計も提出できない所なのに日本が調査しないで、どこが行う?
豪州人:鯨を殺さなくても調査できるでしょ。
日本人:???頭数だけならな。何をどのくらい食べているか、開かなければ解らないだろ。
豪州人:それをやめろ。
日本人:骨髄反応でレスするな。
英国人(らしき人):オーストラリア、カンガルーの間引きニュースをUP
豪州人:私達は、きちんと管理した上で間引きを決めたの。
英国人:日本人も管理する為に調査をしてるんじゃなかったか?
豪州人:鯨とカンガルーを一緒にするな。
英国人:このオージー何を言ってるんだか・・
英国人:鯨もカンガルーも殺さなければいいんだよ。
日本人:鯨も管理し資源として、利用。カンガルーも管理し、資源として利用。
     これじゃだめなのかい?
英国人:両方ともやめなさい。
英国人:カンガルーはオーストラリアの象徴みたいな動物でしょ。
     世界中の動物園なりに送ったっていいじゃない。あなた達(豪州人)、日本人を
     非難する事なんて、できないわよ!
日本人:今度は、オージーが非難されてる。お~さすが、ブーメラン発祥の地だw

オーストラリアの反捕鯨ブログより・・・

# by fuji_ssss | 2008-01-28 22:20